こんばんは、ちーも(@chihiro_ojima)です。
僕、実は高校生の時にラグビーをやっていて国体強化選手に選ばれたことがあるんです。
というと、え〜〜本当?
とよく言われますが、マジです。
でも元々の運動神経がよかったか?
と言われたらそうでもなくて、小学校低学年の頃は常にビリでした。
そんな僕ですが、小学校高学年から高校生くらいまで足の速さはかなり上位にいました。
ものすごい努力したのかと言われたら、極端に努力らしい努力をしたことはなくて、僕がやったことと言えばおばあちゃんに嘘をついたことくらいです。
ちなみに全部本当の話、でも結果的に挫折したから国体そのものは出場してないから、じ・・自慢じゃないですからね。
祖母についた嘘を本当にした小4の運動会
僕は保育園の頃から小学3年までの運動会のかけっこは常にビリ。
運動会以外の体育も、サッカーやドッチボールの時には常に運動場の端っこに行って存在感を消すだけの存在でした 笑
その運動会の時の映像も確か実家に残っていたはずですが、僕にとっても両親にとっても運動会は辛い行事だった気がする。
そんな小学4年の運動会の数ヶ月前に、父方のばあちゃんが僕の運動会を見にくるというのです。両親が共働きで学校終わった後や、熱が出た時などにばあちゃんに預けられていた僕は、結構おばあちゃん子でしたが、お店を営業していた祖母が運動会に来れたのはこれが初めてだった。
と考えていたけど、僕の口からは思いも寄らない一言が飛び出したのです。
「運動会の練習ではいつも僕が1位だよ、本番楽しみにしててね。」
言った後に僕はとんでもないことになったと思いましたが、やるしかないと思ったことを覚えています。
それから運動会当日まで僕がしたことといえば、練習・・・ではなく、自分に言い聞かせていました。
「僕は足が早い、絶対1番をとる」
そういいながら運動会の練習で一位になったことはなく、むしろ下から数えた方が早かったのですが、結果的に本番だけ1位をとりました。
これが僕が自信をつけた瞬間でした。
小5の時には陸上部以外でただ1人陸上記録会に出場
その小4の時の成功体験がきっかけで僕は自分のことを本当に足が早いと思い込むようになりました。
小5の時には陸上記録会というイベントがあって、市内?の小学生の陸上競技経験者が集まる大会があるのですが、僕の学校からの出場者は僕以外陸上部所属で、僕だけが浮いた存在。
僕の出場競技は走り高跳びでしたが、前日に先生に呼ばれて
「お前、高飛びだけど前に大きく飛んでいるから幅跳び出場にかえるわ。」
と思っていたけど、走り幅跳びでも表彰状はもらいました。
ただし記録とか内容は全然覚えていないです。
中学は相撲部だけど体育祭の部活対抗リレーは一位
↑中学時代の調子にのっている僕。(白ハチマキ)
中学にあがったころの僕は運動神経という意味では、もう完全に調子に乗っていて陸上部一択でしたが・・・・、陸上部に入部届けを持って行く途中で相撲部の先輩に勧誘されて相撲部へ入部することに、、。
多分小学校の時の塾で見せられた映画「シコふんじゃった。」の影響もあると思う。未だに好きな映画↓
入部してから驚いたけど、相撲部ってただのデブ大きい人じゃなくて瞬発力のある人が多いから短距離走みんな早いの。
だから体育祭の部活対抗リレーでは相撲部の方が陸上部より早かった 笑
みんな50m6秒台とかだった。中1の頃の僕の50mのタイムは6.4秒とかかな。
高校でラグビー国体強化選手に選ばれたが・・
そして高校入学とともに勧誘されたのがラグビー部。
僕は入学した高校のラグビー部1年から3年の中で1番足が早かったので天狗になっていた。
その頃僕はポジションをウイング(球運ぶ人)希望だったけど、監督からタックルがいいからフォワード(ぶつかる人)に任命されてショックを受けた。
そして1年の夏休みに愛媛県で行われたラグビー国体強化合宿でタックルも走りもすべてにおいて抜きん出た人たちに揉まれて挫折、そこから色々あり退部 笑
誰かの為に頑張るエネルギーは、自分の為にやっているエネルギーを超える
僕が全然ダメダメだった運動でおばあちゃんを喜ばせたいと思ったこと、
その為に運動会のかけっこ一位をイメージして実現したように、誰かの為って思いはすごく強い武器になる。
二人の同じ実力の人が勉強やスポーツ、ビジネスなどで競う場合、自分自身の為に頑張るだけの人より家族や、恋人や友達の為に頑張る人の方が絶対結果を出せる。
誰かを喜ばせたいと思って、その結果をイメージできたら努力なんてものは後から勝手に付いてくるんじゃないかなと僕は考えている、いや確信している。
■○いい流れ
- 身近な人を喜ばせたいと思う
- その人の笑顔などをイメージする
- 勝手に努力がついてくる(辛さがない、もしくは軽減される)
■×悪い流れ
- 勝ちたい or結果を出したい(承認欲求)
- 自分が勝ったところや成功をイメージする
- その為の努力が辛くなる
僕が高校のラグビーをすぐ辞めてしまったのは、承認欲求を満たす為だけにやっていたからその小さな挫折で心が折れてしまったのは当然だと思う。(当時はわからなかったけど)
素直に自分の活躍で誰かを笑顔にしたい・・・、そう思って練習や試合に望むべきだったと今ならわかる。
もし、このブログを読んだ人が今何かにつまずいているなら、心に聞いてみて欲しい。
「自分の為にソレをやっているのか、誰かの笑顔がみたいからなのか。」
問いかけてみて、自分の為だけに努力していて限界が来ている人は想像してみて欲しい、大切な人の笑顔を。
そしたらまだまだもっと未知のパワーが湧いてきてそれが結果的に自分の喜びになるはずです。
このブログが今のあなたの背中を軽く押す一助となったら嬉しい。
では、また。
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